ソーラーセイルの「3本の矢」

こんにちは。cosmobloom(CB)の宮崎です。

先週木曜の2024年8月29日にNASAのソーラーセイルACS3がセイル膜の展開に成功した、というニュースが流れました。ACS3は12Uで質量Mが約16kgの宇宙機で、セイル面積Aは約80m2ですので、質量面積比A/Mは5ということになります。この面積で「5」という数字は、ホントにすごいです。

ソーラーセイルは太陽光の圧力を受けて加速されて推進するので、推進力Fはセイル面積Aに比例します(面積が大きいほど、推進力は大きくなります)。宇宙を航行する場合、当然、推進力は大きい方がいいので、とにかく、「セイルの面積Aは大きい方がよい」、ということになります。

また、このとき、宇宙機の質量Mに加速度aを掛けたものが推進力Fになるので、加速度はa=F/Mとなって、結局、加速度aはA/Mに比例することがわかります。それゆえ、A/Mはソーラーセイルの加速性能を表す指標として用いられてきており、「A/Mは大きい方がよい」、ということになります。

14年前にJAXA/ISASが世界初のソーラーセイルによる惑星間航行を成功させた小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSは、前者の「Aを大きくする」方を目指して、A=200m2のセイル膜を展開しました。ただし、宇宙機質量はM=310kg弱でしたので、A/Mは0.65ほどでした。

その後、海外勢は、それまでの「Aを大きくする」路線から、「A/Mを大きくする」路線にシフトして勝負をかけてきていて、今回、NASAがA/M=5を達成した、ということになります(もちろん、将来は「Aを大きくする」ことを目指しているのは確かです)。

一方、IKAROSのフライト結果から、セイル膜の形状誤差(フラットにすることは難しく、張力のかかり具合や折り目などの影響で場所によってでこぼしていたりしてしまいます)の影響で、太陽輻射圧により生じる余計なトルクが予想以上に大きく、これによって宇宙機の姿勢が乱れ、さらに、それによって軌道も乱れることがわかっています。深宇宙でこの擾乱トルクをキャンセルするにはスラスタが必要になり、ソーラーセイルの”売り”である「燃料フリーな航行」はできない、ということになってしまいます。そのため、この影響を考慮した上で軌道と姿勢を統合的に制御し、真に燃料フリーなソーラーセイルを実現しようとしているのが、東工大の中条先生です。また、私の研究室では、擾乱トルクを減らすために、より形状誤差の小さいセイル構造の研究をしてきました。

そして、その成果を軌道上実証しようとしているのが、JAXA-SMASHプログラムのフィージビリティ・スタディ(FS)・フェーズに採択され、現在、研究・開発中の超小型ソーラー電力セイルPIERISです。代表は中条先生で、私の研究室も高精度セイル構造の部分を担当しています。また、cosmobloomもビジネス化検討のところで参加しています。このFSが順調に進んで、次の衛星開発フェーズに採択されれば、数年後、軌道上実証が実現することになります(何としても、実現したい!)。

ということで、日本は「Aの大きなソーラーセイル」を実現し、「真に燃料フリーなソーラーセイル」を実現しようとしており、残すは「A/Mの大きなソーラーセイル」だけ、ということになります。この3つを制すれば、ソーラーセイルの分野を完全制覇?することになるのかなと。「3本の矢で勝つ」、といったところですね。こんなことを書くと、「勝ち負けの問題じゃないでしょ」とお叱りを受けそうですが。

正直、「いくらA/Mを大きくしても、擾乱トルクの問題を解決しない限り、ソーラーセイルで深宇宙を自在に航行するのは難しいんじゃないのかなあ」というのが本音なのですが、そうは言っても、「負けたくないよなあ」という気持ちもあり、3つ目も制したくなっちゃいますよねえ。

多分、日本のソーラーセイルの研究者は、皆さん、同じようなことを思っていると思いますので、「A/Mの大きなソーラーセイル」を日本の誰か(学生さんのチームとか?)が目指してくれると、自分のような年寄としては、すごく嬉しいですし、応援したくなります(老害って言われそうですが)。

宮崎 康行