宇宙機の表面処理(熱的用途)

こんばんは,cosmobloomの中村です.
宇宙機を構成する部品のうち,部品それぞれに課された様々な要求を満たすためその表面に加工をほどこしたりコーティングを行うことがあります.この表面処理やコーティングは,開発の経験があまりない人からすれば些細な処理に見えるかもしれませんが,過酷な宇宙環境から機体を守りその機能を維持するために必要不可欠な技術であり,用途により様々なものが用いられています.今回はこれらの表面処理に関して,特に熱的用途で用いられるものに関してお話したいと思います.
以前のブログでも少し紹介したのですが,宇宙機の熱設計においては「外部からの熱入力・内部の機器発熱」と「宇宙空間に熱を逃がす放熱量」のバランスをうまくとることがポイントです.宇宙には空気がほとんどなく対流による熱のやり取りはできないため,輻射による熱のやり取りが重要になり,機器表面の太陽光吸収率α(物体の表面に入射した太陽光エネルギーのうち,物体に吸収される割合)と放射率ε(物体が熱放射するエネルギーの度合い)をどう設定するかが熱設計においてはカギとなります.このαとεはまとめて熱光学特性と呼ばれ,素材やコーティングによって値が様々であり,適切に選択する必要があります.以下に代表的な熱制御材やコーティングを示します.
- 宇宙機外面を囲う金色のフィルムはMLI(Multi-Layer Insulation,多層断熱材)と呼ばれ,宇宙機と宇宙空間を断熱する効果があります.これはεの低いアルミニウムをコーティングした薄いフィルムを何枚も重ねたもので,このように多層にすることによって輻射での熱の移動を効果的に抑制することができます.これを宇宙機の外面に貼り付けることにより,宇宙機内部の熱を逃がすことなく機器が冷えるのを防止するのと同時に,表面の熱光学特性としてはαもεも低いため,太陽からの熱入力や,太陽によって温められた太陽電池パドルからの熱入力をシャットアウトすることができます.
- ラジエータ等の放熱面に関しては,太陽光をよく反射し(=吸収せず)かつ輻射により熱を宇宙空間に逃がしてくれる,すなわちαが低くεが高い鏡面(OSR=Optical Solar Reflector)がよく用いられます.OSRは金属蒸着面に薄いガラス面を重ねた構造となっており,OSRに入射した太陽光はガラスを透過し蒸着面で反射するためαは低く,また表面のガラスはεが高いため,全体としてαが低くεが高いようなものとなっています.
- 衛星外面に搭載される機器,たとえばアンテナ等に関して,太陽光の影響を受けるためかなりの高温になることがあり,温度が高くなりすぎないようにしたいといったことがあるのですが,OSRのような鏡面はこれらの機器の性能に影響を及ぼすことがあるため,こういった箇所には白色塗料が使われることがあります.白色塗料はOSRと同様にαが低くεが高い,つまり太陽光を吸収せず輻射により熱が逃げていくため,塗装を施された機器の過剰な温度上昇を防ぐことができます.

水星磁気圏探査機MMO(Mercury Magnetospheric Orbiter)に用いられている熱制御材とコーティング(www.htsj.or.jp/wp/media/2018_1.pdf)
- 宇宙機内部の機器に関して,動作している機器は温かくなるのですが,電源をOFFしている機器は対流による熱の移動がないため極端に冷たくなるということがあり,度々問題になります.こういった問題に対して,機器間で輻射による伝熱を効率よく行い,内部機器温度を均一に保つという目的で,εが非常に高く安定している黒色塗料が内部機器にはよく用いられています.
- 展開構造においては,低温環境下で機構内部の摩擦力等が増加することによって構造が開きずらくなってしまうということがあり,展開時はなるべく冷えないようにしたいのですが,これらは宇宙機の外面に搭載されることも多く,宇宙空間に晒されて冷えすぎてしまうということがあります.ヒータで温められればいいのですが,リソースの少ないCubeSat等では難しいことも多く,こういった場合はαが高くεが小さい黒クロムメッキや黒ニッケルメッキ等を表面に用いて,効果的に蓄熱するということを行ったりすることもあります.実際,OHISAMAに搭載されるレクテナでは,下の画像のように太陽光入射面に黒クロムメッキを施した薄い金属板を取り付けることで,展開機構が冷えすぎるのを防ぐような設計としています.

OHISAMA衛星搭載用軽量展開型膜面レクテナ
今回は,宇宙機の熱制御の用途で用いられる表面処理に関して紹介しました.宇宙機の熱設計では,これらの処理を機体の表面や機器の表面に施すことによって,搭載機器の温度が動作範囲内に収まるように設計を行います.これらの表面処理は熱的要求を満たすだけでなく,実際はコンタミの要求に応えつつ放射線や紫外線,熱サイクル等の宇宙環境にも耐えうるようなものを選定する必要があり,実機となるとさらに慎重に選定を進める必要があります.
宇宙機に用いられる表面処理は,今回紹介した熱的用途以外にも,腐食を防止したり表面の摩擦力を低減するような機械的用途,導電性を付加して帯電を防止したり,逆に絶縁性を付加する電気的用途など様々なものがあるのですが,これに関してはまた次のブログで紹介したいと思います.

