宇宙望遠鏡と膜面展開構造物
こんにちは,cosmobloomの中村です.
これまでのブログで,超軽量SAPやドラッグセイル,膜面アンテナなど,膜面展開構造物の様々なアプリケーションを紹介してきました.こういったもの以外にも,膜面展開構造物は様々な用途に用いられています.今日はこの中でも特に,科学観測の機器に実際に用いられていたり,適用が検討されているものを紹介したいと思います.
宇宙からの科学観測と言えば,まず宇宙望遠鏡を想像される方も多いのではないでしょうか.宇宙望遠鏡は,宇宙からの光や電波などの電磁波を捉えて観測を行いますが,その中でも特に赤外線を観測する場合は機体や望遠鏡自体の熱が問題になります.赤外線は熱を持つすべての物体から放射されるため,望遠鏡の主鏡や副鏡,観測装置,機体をできるだけ低温に保っておかないと,それらから発せられた赤外線が観測の妨げになるからです.そこで赤外線望遠鏡には,鏡や機体を加熱する太陽光を遮るための日よけが搭載されています.この日よけはサンシールドと呼ばれ,多層の薄膜フィルムで構成されています.この技術はすでに実用化されており,2021年に打ち上げられたジェームズ・ウェッブ望遠鏡には,テニスコート並のサイズ(約21m×14m)のサンシールドが搭載されています.このサイズの構造物をそのままロケットに搭載することは不可能なため,折りたたまれた状態で打ち上げられ,宇宙空間で展開される展開構造物となっています.
このような宇宙望遠鏡の光学系は,その性能を維持するために高い形状精度が要求されます.特に主鏡構造は,軌道上でその精度を維持するためにかなり剛で重厚なものとなっています.望遠鏡の性能は,基本的には口径(主鏡の大きさ)に依存しており,口径が大きいほど分解能が上がり天体の詳細な観測が可能になります.地上の大気の影響を受けない宇宙に大口径の望遠鏡を持っていって観測を行いたいというのは,天文学者の誰もが考えることだと思いますが,現在の技術ではロケットの打ち上げという制限があり,そのサイズには限界があります.これまでよりも軽量で収納効率の高い構造様式で主鏡を構築できれば,さらに大口径の望遠鏡を実現できる可能性があります.そこでこの主鏡を,軽量で収納性の高い膜で構築することが提案されています.膜で主鏡を構築する際,①既存の鏡ほどの反射特性と膜のしなやかさを両立できるか,②柔軟な膜を使って所望の形状精度を得られるか,ということが問題になります.マックス・プランク研究所では,その反射特性と柔軟性を両立する膜鏡面の製造方法が研究されています.また,その形状についても,アクティブな形状制御を行うことで精度の向上を図り,補償光学と組み合わせることで最終的に所望の光学性能を得る,といったことが研究されており,まだまだ研究段階ではありますが,その可能性が示されています.
このように,科学観測の分野においても軽量で収納性の高い膜面展開構造物が,実際に使われたり,適用が検討されていたり,といったことが行われています.この分野においては,スターシェードやソーラーセイルといった,まだまだたくさんのアプリケーションがあるのですが,長くなってしまうので次回のブログで紹介したいと思います.